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2024年度大会
二次審査員 総評

Graph Studio / 関西学院大学 准教授

​荒木美香

古民家の中に、ところ狭しと並べられた巨大な模型群。建築単体だけでなく、地域全体に思いを寄せた案が多く、模型の力強さも相まって、全体にみなぎるエネルギーに圧倒された。その中で、私が作品を見ながら考えたことをいくつか挙げる。

1つ目は、歴史の解釈について。地域の暮らしを丁寧に読み取り、何を残していくかを大胆なスケールで提案した案に共感した。一言に「歴史的空間」と言っても、遺構や史跡ばかりではない。そこに暮らす人々の生活の歩みが蓄積され、いまは当たり前な日常の姿が100年後、200年後に歴史として定着していくものだ、ということを改めて実感した。

2つ目は、そこに暮らす人に寄り添う視点について。和紙の生産拠点の提案や、生活に密着した水回りや洗濯に着目した提案など、この案が実現して集落に利益をもたらしてくれたら、心地よい幸せな風景が広がりそうだと思える案が見られた。学生時代の設計提案はアンビルドであるからこそ大胆な提案が出来るものだが、それでもやはり、そこに住む人、使う人に対しては優しいリアリティがあることが重要だと感じた。

3つ目は、構造設計について。普段構造設計をしていて、材料や構造形式に多少無理のある計画案が出てきたときに、これを実現することが案の魅力になる場合には、少しでも合理的になるよう工夫しながら成立させる方法を徹底的に検証する。そういう意味で、これはどうやって実現しようかとつい考えてしまう提案が多く、楽しませてもらった。

最後に、自然材料の使い方について感じたことを述べたい。自然材料を用いると人にやさしい提案に見えるのだが、実はメンテナンスや災害時の被害度を考えると使用者のためになっていないんじゃないか、と感じる案もあった。果たして自然材料は本当に親しみやすい材料なのだろうか。工業製品をうまく組み合わせて、固めるところは固め、緩めるところは緩める。自然材料にこだわるのであれば、弱さを認め、きちんとエンジニアリングをして提案する。そのような視点が加わると、より説得力のある提案になっていくだろう。

名古屋工業大学大学院 教授

北川啓介

「災害と再編 “つくりすぎない”未来の建築へ」

今年のテーマである「災害と再編」に向き合う中で、私自身、これまでの実践を改めて問い直す機会となりました。能登半島地震をはじめとする国内外の災害地での経験、インスタントハウスを通じて追求してきた「弱い建築」の思想が、本イベントの議論の中で一層、自分自身の中でも明瞭に立ち上がってきたと感じました。

二日間の参加者でのディスカッションでは、「強い復興」と「弱い再編」という言葉が交錯しました。制度と速度によって駆動される復興、それに対して、文化や記憶、個人の尊厳といった目に見えないものに丁寧に寄り添おうとする建築的態度。それはまさに、「引き算の建築」とも言うべきものです。振り返ると私自身も、どこでも、誰でも、短時間で建てられて、空気のように柔らかく、しかし確かに人を守り、居場所をつくる。そうした建築に向かう思考となっていきました。それは、「建てる」ことよりも、「もどす」こと、あるいは「寄り添う」ことに価値をおいた建築の在り方でした。

私は、インスタントという言葉を、物理的な建築の形式というよりも、人に寄り添う建築の態度そのものとして捉えています。そして、今回のコンペに出展された皆さんの提案の中にも、その「寄り添いの気配」を強く感じる場面が多くありました。

例えば、ある提案では、地域の暮らしを“復元”ではなく“復原”するという視点がとられていました。かつて存在した姿を忠実に戻すのではなく、その土地が本来もっていた文脈や潜在性に手を添えるように、新たな風景を耕し直す——それはまさに、「つくりすぎない」「引きすぎない」という絶妙な均衡感覚であり、使い手や住まい手に50%の余白を残すという私の実践とも響き合うものでした。

また、「共治」や「贈与と交換」といったキーワードも印象に残りました。建築が誰かに“してあげるもの”から、共に“していくもの”へと変化しつつある。その変化の兆しは、プロフェッショナルと住民の関係性だけでなく、設計と施工、あるいは所有と使用という関係性の再編成にもつながっていきます。自分で建てたから、自分の家として誇らしく語れる。まさに、輪島中学校の避難所で3歳の女の子が「おうちができた」と言ってくれた瞬間のように、建築がその人にとって“我が家”になる瞬間こそが、本当に意味のある再編です。

一方で、審査員の立場としては、これらの提案が「思想の深さ」と「構法の具体性」を同時にもちえているかに注目していました。良い再編とは、単なるロジックやシンボルとしての建築ではなく、手触りとして現地の時間に織り込まれていく建築です。つまり、“地に足のついた想像力”が求められる。どれだけ魅力的なアイデアでも、使い手がその場で自分の手で変えていけるような余白、やわらかさ、可変性をもたせられているかが肝になります。そういう意味では、提案の多くが「かたち」や「スケール」に捉われすぎてしまい、「暮らしの中でどのように育つか」への視点が薄いと感じた場面もありました。

歴コンという場は、「建築とは何か」を自問自答し続ける絶好の機会でもあります。それは私たち建築の専門家にとっても同様な機会となります。今年のテーマ「災害と再編」は、時代が私たちに突きつけている非常に本質的な問いでした。「建てることは正義なのか」「スピードこそが価値なのか」「強いものが正しいのか」など、そうした前提そのものを揺さぶりながら、新しい建築の形と倫理を模索する必要があります。

最後に、このイベントが未来の建築家を育てる場であるならば、ぜひ“生きること”への想像力を手放さないでほしいと思います。何かをつくることは、それを使う誰かの人生に触れるということです。そして建築の力とは、モノとしての強度よりも、関係性としての温度に宿るのだということを、私は数多くの被災地や紛争地で目のあたりにしてきました。

つくりすぎない、でも寄り添いすぎる。そんな建築のあり方が、未来の“再編”をより豊かに、やさしくしてくれることを願ってやみません。

能作文徳建築設計事務所 代表

能作文徳

金沢で開催されている歴史的空間再編コンペティションについては、以前から知っていましたが、初めて審査に参加させていただきました。二次審査では金沢学生のまち市民交流館の屋敷を改修した建物で展示し、畳敷きの広間に床座で講評を聞くという会場自体が近世都市金沢の歴史を感じさせるものでした。

今回のテーマは「復興と再編」ということで、ゲスト審査員の方が能登半島地震の被災地の復興に何かしら関わっているという共通点がありました。

ファイナルプレゼンテーションに進んだ提案の中には、輪島市と珠洲市での復興の計画がみられました。輪島市の計画では、朝市通りに生業を創出するための復興住宅を進めていくために、市民共同建替という方法による段階的・迅速な復興を目指すもので、共同店舗や共同住宅の計画は、個人所有というよりも共有資産としての建築物を街に埋め込もうとする意図があった。珠洲市の計画では、漁港近くの被害にあった市場を復興させるために、既存の市場の構造を活用しながら仮設の市場を早急につくり生業を継続させながら、後に本設の市場を建てるというものであり、さらにを海沿いに巨大な堤防ではなく段々の盛り土により段々畑をつくるという提案でした。このように震災復興に対するオルテナティブを、現行の制度を見直しながら、再編していく意気込みを感じられました。

また生態系と生業の再生という方向性を示す提案もいくつか見られました。和歌山県の蜜柑栽培を行っている集落の空気の流れ、雨水、熱、煙といった微気候の可能性を拡張する装置でした。滋賀県近江八幡の湖に葦だけでなく人々の生業を含む事物連関を再生しようという提案でした。千葉県の沿岸沿いに近世護岸技術である「そだ沈床」を再生する提案もありました。またグランプリとなった提案は、和紙づくりの楮の栽培から紙の生産工程までの事物連関を生み出し、穏やかで美しい佇まいでした。

多彩なテーマの中において事物連関の繋ぎ直しが一つの共通した課題であることが分かりました。同時に建築デザインの面では、新奇性を意図した造形、あるいはガラスを多用した透明性によって、事物のふるまい、自然の摂理が蔑ろにされる提案がほとんどでした。建築設計者という自我が、事物連関の中に巻き込まれて溶解していくというプロセスを経て、それでもなお残っているものこそが独自性ではないかと考えさせられました。

株式会社フォルク 代表取締役

三島由樹

建築の不在、ひとの不在

 

まずタイトルと真逆のことを書くが、審査2日目の最終審査会場には全国から金沢に集まった1次審査通過者たちと運営関係者そして地域の人たちが集い、また、会場の中央には2次審査を通過した10の建築模型群が堂々と設置されていて、本当に素晴らしい雰囲気だった。まずはこのような社会的意義のあるコンペティションを企画・運営し、13回に渡って継承し再編し続けてきた全ての関係者の皆様に敬意と感謝の気持ちをお伝えしたい。

 

1日目、2次審査で30組の作者たちと連続で対話した。私は半数以上の作者たちに同じ言葉を伝え繰り返した気がする。「良い視点と問題提起だけれど、その空間の再編の手段として建築をつくる必然性ってどこにあるんですか?」と。そう伝えるたびに、「え、そう言われても困るんですけど」という心の声が聞こえてきた。このコンペは歴史的空間再編コンペであって、どこにも建築コンペとは書いていないが、審査委員は私を除いて全員建築関係者だし、応募者も運営者も建築学生が多く、実態としては建築コンペなのかもしれない。だが、建築はあくまで社会的行為の選択肢の一つでしかないはずだ。その中で今回、土木やランドスケープ、そして地域の生業や祭事などを対象とした、建築が不在もしくは建築行為が抑えられた様々なアプローチに多く出会うことができたことは、このコンペの大きな魅力とさらなる可能性を感じた出来事であった。

 

いま総評を書くにあたり、あらためて思い起こしたのは「ひとの不在」である。たしかに各作品の中には沢山の人と賑わいが上手く描かれていたのだが、同時に「その人たちは誰なのだ?」と聞きたくなった。抽象度が高くアノニマスな描写ではなく、そこに生きる人々や関係者による影響が描写される、生々しさを感じる提案がもっと出てきても良いのではないか。歴史的空間を再編するという行為は、計画者のタクトからではなく、混沌とした人間の想いの中から紡がれてきたものなのだから。

 

このコンペのさらなる面白き展開を心から楽しみにしています。ありがとうございました。

東京工業大学大学院 教授 / アトリエ・ワン

​塚本由晴

歴史的空間の再編の対象は、今とは違う過去の生産様式、生活様式に属していたから歴史的であるとともに、産業革命、戦争、エネルギー革命、高度経済成長、産業構造の転換、災害などに晒されたという意味でも歴史的な構築環境である。一時は卓越したものの、今は衰退しているそうした構築環境を地域資源とみなして、現代的な条件の中でそれを活性化する目論みといえる。その際、当該歴史的空間がなぜ活気を失い、継続できなくなったかを考えることが欠かせない。そこに含まれる伝統的な生産物、建築類型、土木構築物などを成立させた事物の連関を、時代を遡って理解することで、その連関のどの部分が現在失われ、弱っているのかを理解し、どこを何に置き換え、補強するなどの策を練るためである。今は失われたもの、昔は出来たのに出来なくなったふるまいを知ることを通して、現代の私たちの暮らしを取り囲む社会構造を、そしてそれが歴史的に、経路依存的に構成されてきたことを、理解するのである。そんな難しい課題に、責任感を持って取り組む学生が大勢いることが、このコンペを成り立たせているわけだが、それがまずは新しい建築教育の萌芽であり可能性だと思う。繁華街など人が集まる賑やかな場所に行きたい年頃の若者が、時代に取り残されたようなうらびれた場所に足を運び、そこで生きる人たちの言葉に耳を傾け、往年の繁栄に思いを馳せる。知的冒険心や共通善への関心が無ければできないことだ。そうした気持ちを、新自由主義的な社会の中で維持することは容易ではない。だから、その気持ちを提案というギフトにして社会に届けよう。資本主義が得意な生産性と分配のモデルで覆われ尽くした社会の中に、贈与と交換のモデルを一瞬でも良いから垣間見させる。その集合表現である本コンペよの射程は、空間型想像力を優先させてきた20世紀の建築教育にも見直しを求めるところまで及んでいる。

先にも述べように歴史的空間の再編に欠かせない事物連関を想像し、追っていくと、その広がりは一つの建物や敷地を超えて、ランドスケープや地域にまで広がる。その広がりを全体として表現すると説明的になり、個別の建物にバラバラに落とし込むと散漫になってしまうことは、応募側、審査側双方が感じているジレンマであろう。その乗り越えは、新しい建築を産む原動力になるだろう。事物連関的想像力から新しい作品を生み出す方法があるはずだ。もちろん答えは一つではないが、私が参考にしている方法の一つは、ベトナム戦争の最中「なぜあなたはベトナムの現実を映画に撮らないのか」という批判的な質問に対するジャン・リュック・ゴダールの回答。「パリで撮ってもベトナムは映画に入り込んで来る」。つまり建物の方に事物連関を流れ込ませるのだ。

金沢工業大学 教授

宮下智裕

 私は毎年審査を行なっていく過程で、応募者の皆さんがどの様な新しい角度から魅力的な歴史的空間を発見し、位置付けていくかという点にワクワクしている。この新しい歴史的空間としての価値の発見が醍醐味の一つと言えるからである。

 今回の歴コンでも、興味深い歴史的空間の発見がいくつもあった。例えば大阪工業大学大学院、山名君の「踊る阿呆、見る阿呆」では阿波踊りの発展のプロセスとその人的、事物的連関の様子を歴史的空間として捉えた点は非常に興味深かったし、千葉工業大学 、平瀬さんの「水回りの共有による米崎集落の再生」では、生活における水を介した生活の連環と特徴的な地形を歴史的空間として捉えた点も印象に残っている。両作品とも再編へ向かった手法自体はとても興味深かったが、建築形態へ向けての説得力がもう一つ感じられず残念であった。伸びしろが非常に大きな作品であったと言えよう。東海大学大学院、新島君の「祭りの顔が潜む停留所ーハレとケが作り出す東西の結節点ー」では祭りをその地域単体のものとしてではなく、入江を挟んで向かい合う二つの地区の張り合う様子として一段階広く捉えているところに魅力を感じた。また、その関係性を建築空間として力強く表現している点も高く評価できた。一方で、祭り、日常の両面で海への広がりが希薄に見えた。もっと思い切って水を介したつながりをデザインしても良かったのではと思う。

 今年は記念講演のテーマに「災害と再編」を掲げた。非常に難しいテーマで明快な答えが導き出せるものではないが、皆さんの講演を聞いてとても多くの知見を得る事ができた。災害復興という言葉に対してあらためて深く考える貴重な機会となった。ファイナリストにも災害復興関連のものが2作品残った。その中でも愛知工業大学、森田さんの「生業景勝」は災害から復興していく上で重要となる生業と風景の両方の意味がタイトルに入っている点に強い興味を持った。堤防に頼らない津波対策と農地としての利用や街道筋に絞った街並みの再編などとても魅力的な再編計画となっていると感じた。

 また来年以降、さらなる「歴史的空間」の捉え方の広がりや現代的な価値へと変換する「再編手法の多様性」を強く期待している。そしてまた魅力的な提案を皆さんと議論したい。

静岡文化芸術大学 准教授 / 松田達建築設計事務所

松田達

多様なテーマとひとつの方向性

本年1月1日に能登半島地震が起こった。そして歴史的空間再編コンペティション2024のトークセッションテーマも「災害と再編」であった。もちろん復興を扱った作品は、全体のごく一部であったが、金沢でのコンペティションということで、学生側にも審査員側にも震災と復興についての意識がつねにあった今回の審査だったように思われる。

13年目を迎えた歴コンの作品は、いずれも力作かつ多様で、特定の傾向を挙げることはなかなか困難である。とはいえ、10選に残った作品からいくつか特徴を挙げるとすれば、「生業」「祭り」「集落」「復興」といったところであろうか。いずれも2作品以上のキーワードになっていた。「生業」「祭り」「集落」は近代化や合理化の過程で切り落とされていく可能性があるもので、また「復興」にはそれらを残していこうという気持ちが込められていた。前二者はソフトの、後二者はハードのキーワードで、「生業」と「集落」は日常に関する、「祭り」と「復興」は非日常に関するキーワードだともいえる。したがって、ソフト/ハード、日常/非日常と扱うテーマは多様であるが、一方で、近代化が忘却したものへの再評価という点では、大きな共通性があるだろう。

こうした観点をもとに、上位の作品に触れておきたい。グランプリとなった壹岐裕実子さんの「和紙の里―地場産業のプロセスが生み出す建築と風景」は、鳥取県青谷町の二集落の境界に和紙の共同生産工房をつくるもの。断面が谷に溶け込み、平面は周辺の風景や建築物に呼応していた。表情豊かなファサードや川沿いの親水空間が、建築の存在感に説得力を加えており、グランプリにふさわしい完成度の作品であった。

準グランプリとなった新島朝也さん、庭山隼輔さんの「祭りの顔が潜む停留所 ―ハレとケが作り出す東西の結節点―」は、浦賀港の東西に対峙するように櫓を建てるもの。低層部に波のようにうねる独自形状の大屋根を持ち、普段は市場や広場、ハレの日には御旅所として用いるという。神輿は屋根上も練り歩く。似て非なる二つの建築が場にもたらす緊張感がとてもよかった。

3等となった森田梨花さん、二橋颯さん、馬場健互さん、伊藤南々葉さんの「生業景勝」は、珠洲市宝立町の鵜飼集落周辺への再建計画である。防潮堤ではなく段丘を構え、内浦街道沿いに住宅を集約する。生業を継承する施設を設け、フェーズが進めば新市場を新たな拠点とするという。能登の里山里海を守りながらの真摯な復興提案であった。

すべての案に触れる余裕はないが、どの案も発見的であり、かつその再編の手法に様々な工夫が 込められていた。近代化、合理化、都市化といった流れによって見捨てられそうになっていた事象に、新たな光を当て、さらなる魅力を付加していく、歴史的空間再編コンペティションには、こうした重要な役割があることを、あらためて思い起こさせられた二日間であった。

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​主催 歴史的空間再編学生コンペ実行委員会 / 金沢市

​事務局 金沢市 都市整備局 都市計画課 内

​    〒920-8577 石川県金沢市広坂1丁目1番1号

運営・お問い合わせ 学生団体SNOU e-mail snoutoiawase.compe@gmail.com

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